35歳で初めてMac買って、iOSアプリを作ってみる。

~アプリ作らず、ブログをプロデュース~

色弱の自分が、自信を持てるようになったワケ(後編)

さて、この話の後編ですよ~。

 

 

 さて、自分は色弱なんで、自分の目で見た情報が間違ってるんじゃないかという意識を常に持ってる。

 

 

で、さらに言うと、人の顔をちゃんと認識できないようだ。

これって、脳構造の問題らしいからね。

 

そうだそうだ。最近になって、人の顔を認識できる脳かどうかってのを、判別するやり方に気付いたんだよ。

 

芸能人で、井川遥っているじゃん。

オレって、井川遥を見て井川遥だって認識ができないんだよ。

見るたびに、別人に見えるんだよ。

雰囲気が変わって見えるとか、そういうレベルじゃなく、全くの別人。

これを、人の顔が認識できない人に言うと「そうそう!」って言われる。

で、普通に認識できる人は「コイツ、何言ってるんだ?」って感じになるw

気になる人は、グーグルの画像検索で見てみましょうw

 

 

さて、話を戻すと。

 

とにかく、オレって自分の目で見た情報が、他の人より弱いと思うんだよね。

もう、今までどうやって人間社会を生き抜いてきたんだって、言いたくなるレベルかとw

 

 

でも、その影響かどうかわからないんだが、別のことに明らかに優れてる部分が、オレにはあるな~と確信してる。

 

まず、会って話してると、その人の価値観とか考えてることが何となくわかったりする。

これは昔からできていたことなんで、何でできるようになったかは説明できない。

ただ、相手の考えてることはわかるんだが、その対処法がずっとわからなかったんだよね。

 

で、30歳ぐらいのときに、ちょっと壮絶な鬱状態になったことがあるんだよ。

3日間ぐらいずっと寝っぱなしで、布団の中とかあったし。

 

その後、その鬱から突き抜けることができたんだけど。

そしたら、面白い感覚を得ることができたんだよ。

「言葉が降りてくる」っていう感覚を。

いろんな状況や人に対して、適切な言葉ってのが瞬時に出てくるようになった。

 

何でこんな感覚を得られたのかってのがずっとわからなかったんだが。

もしかしたら色弱などで目からの情報が弱かったんで、耳からの情報を人より多く受け取るようになってたのかもしれない。と、最近では思い始めてる。

 

で、日本語っていうのは、意識的であれ無意識的であれ、言葉を選ぶという作業が出てくる。

その言葉の選び方で、人を見抜けるようになっていたようだ。(まあ目じゃないから見抜くって表現はおかしいんだがw)

言葉の選び方で、相手の価値観がなんとなくわかるんで、その価値観に響くであろうベストチョイスの言葉ってのがすぐに返せるようになった。

 

 

まあ、ここまでなら、そういう人もいるだろうって感じなんだが。

 

自分の場合は、理系が軸ってのが効いてるんだよね。

理系脳の人は、人をシステムの一部みたいに捉えてるところがあって。

俯瞰して上から見下ろしてる感じで、人間社会を見ているところがあるんだよね。

だから、人間に興味が無いように見える。

本当は、視線というか見る位置が違うってだけなんだが。

 

ただ、自分の場合は、30代半ばになったら人間って面白いな~って思うようになってね。

人間同士のパワーバランスとか位置関係とか、そういう文系脳みたいなことも見えるようになったんだよね。

 

理系脳の後に文系脳を取り入れることに成功したんだと思う。

ちなみに、文系脳の後に理系脳は入れるのは無理だろうから、もうすでに文系脳の人は諦めてね。

まあ、年を取れば、人はだんだん文系脳になっていくっぽいけどね。

 

 

もうさ~、理系的な俯瞰の目線を使いつつ、文系的な人間社会のパワーバランスを見つつ、両方の目から見た適切な言葉が降りてくるんだぜ。

さすがに、これは相当な希少価値のある能力だと思うんだよね。

これはちょっと、自分に自信を持たざるを得ないかなと。

 

 

果たして、今日の文章がどれぐらいの人に伝わったんだろうか。

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